多様性の物理

生物多様性年なる今年に限らず、100年以上の長きにわたって統計物理学は単様 なミクロダイナミクスの世界に基づいて多様なマクロワールドを捉える試みを続けてきた。 気液2相に関するファン・デア・ワールス理論以来、対称性の破れ・相転移臨界現象論に 基づいた物質の多様化については大きな成功を収めていることは周知のとおりである。 高温相(ランダム相)がまったく無相関な状態という自明な多様性を表現する普遍性とすれば、 臨界点は冪相関で強く結びついた自己相似的な多様性を捉える普遍性である。この臨界状態 の多様性は、森羅万象に観察される多様性を解き明かすための指導原理として研究がすすめ られ、カオスやカオス遍歴、自己組織臨界性といったアイデアと相まって多様性科学の理論 的柱をなしてきたといえよう。確かに我々の世界は多様である。しかし、われわれが現実 世界にみる多様性は必ずしもランダムノイズの海でも、スケールを失った百鬼夜行の時空でも ないように思われる。この違和感は、われわれの多様性理解に何か重要なものが欠けていること に由来するのではないか?

この疑問に答えるために、ランダムでもフラクタルでもない多様性 を具現していると実感される生物生態系とその進化について分析する。その結果生物生態系の進化は、 引き延ばされた指数関数で特徴とする普遍性をもつ多様性のクラスに属するとの結論に至った。 この普遍性はコンビニエンスストアチェーンの商品棚に並ぶ商品にも観察されており、経済・ 社会現象への新しい統計物理学的アプローチを拓くものと期待したい。また、同様の引き延ばされた 指数関数は秩序相やランダム系での緩和でも知られており、多様化するとはどういうことであるのか を洞察する糸口ともなろう。

[1] Y. Murase, T. Shimada, N. Ito and P. A. Rikvold, J. Theor. Biol. vol.264, p.663 (2010).
[2] Y. Murase, T. Shimada, N. Ito and P. A. Rikvold, Phys. Rev. E vol.81, 041908 (2010).
[3] Y. Murase, T. Shimada and N. Ito, New Journal of Physics vol.12 (2010) 063021.

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